信仰復活の地

 

平戸松浦藩が黒島の放牧地を解放し、この島への入植が許可された後、長崎県各地の隠れキリシタン達は、禁教令の中迫害があまり厳しくない、黒島の地に移り住むようになりました。そして、約80年もの間、仏教徒を装いながら、秘かに信仰を守り続けていたのです。

1864年に長崎に大浦天主堂が建てられ、ローマから遣わされた神父達がいることを聞きつけた出口吉太夫・大吉親子は、命がけで長崎に渡り宣教師達に会い、黒島に600人の隠れキリシタンが潜伏している状況を報告しました。

この後、黒島の代表者達はたびたび長崎を秘かに訪ねて、直接、宣教師達の指導を受けるようになりました。そして、出口大吉などが大浦で受洗したのを機に、続々と潜伏キリシタンが長崎まで出向いて洗礼を受けたと言われています。その後、監視が厳しくなり大浦天主堂まで行けなくなったため、宣教師(ポアリエ師)が変装して夜の海を渡り、1872年(明治5年)、出口家宅で島でのミサが初めて行われました。

出口大吉らは信仰を正しく伝える伝道士として養成され、禁教令が解けてからは島内のほとんどの信徒が教会に復帰しました。

出口大吉宅に信仰復活の記念碑が建てられています。